「リトル スパルタ」イアン・ハミルトン・フィンレイの庭園

奥矢さんのお城とも言える紅桜公園(現在は紅櫻公園)を見ていて、かなり昔、テイト美術館が企画したArt of the Garden という展覧会を見たことを思い出した。風景画家のコンスタブルから、ピーターラビットのビアトリクス・ポター、独特な庭を作ったデレク・ジャーマンなどの作品からイギリスの庭を考える展覧会だった。

その中でイアン・ハミルトン・フィンレイ(詩人、芸術家、庭師)の作品が印象に残っている。それは、畑で取れた野菜や庭園の様子を伝えるいくつかのお便りで、その一つには、掘り出したジャガイモが腐っていたか、病気だった、とか何とか書いてあった気がする。とてもシンプルで小さな作品なのに、彼の生活を忍ばせる豊かさを感じた。


彼の庭園「リトルスパルタ」について知ったのは、その後だいぶ経ってからだ。私は行ったことないけどサイトがかなり充実していて、それだけでも一見の価値がある。リトルスパルタはエディンバラ近郊の荒涼とした湿地帯にある7エーカー(28,328㎡)の庭園で、サイズ的には紅櫻公園と近い。1966年にフィンレイと妻のスーが協力して作り始めたものだが、彼が亡くなった後、リトルスパルタトラストがこの庭園を管理しつづけている。エディンバラが「北のスパルタ」と呼ばれていたことから「リトルスパルタ」と名付けられたそうだ。石工や芸術家、詩人とのコラボレーションにより、フィンレイが制作した数々の彫刻や芸術作品は、海、自然と人間の関係、古代ギリシャとローマ、フランス革命、第二次世界大戦など、多様なテーマを探求している。この庭園は詩人である彼らしく「言葉」が庭造りの中心にあるユニークな場所で、彼の意思、哲学と美学を存分に発揮した彼のお城だとも言える。


フィンレイの庭を見て回り、また石や木に哲学を見出し、故郷金沢の兼六園に憧れて作られた奥矢さんの紅櫻公園にもう一度戻ってみると、敷地サイズや1960年代がはじまりであること、家族で始めたこと、個人の強い意志や哲学、美学が反映された場所であること、第二次対戦について意識的にせよ無意識的にせよ関係があること、次の世代に引き継がれていること、それぞれの国の庭園文化が反映されていること、などなど共通点がある。一方でリトルスパルタは、庭園自体が芸術作品として評価されてきたようだ。紅櫻公園も同じように芸術作品のように評価できる場所なのだのだろうか?(これ以降を書くのが難しい。何度も書き換えているのにまとまらない)

奥矢さんも庭としての自身の美意識を反映させて、この公園を作ったのに。。



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